反発ではなく、主体的に選び直すということ
誰かに反発したいわけではない。
社会を否定したいわけでもない。
ただ、
「これは本当に、私の人生に必要なのだろうか」
そう問い直すようになっただけ。
最近、そんな感覚が
自分の中に確かに根づいてきたのを感じています。
その在り方は、とても成熟しています。
なぜならそれは「反発」ではなく
主体的な選択だから。
私が今しているのは
社会の常識を壊すことではありません。
常識を
“判断材料の一つ”に降ろしているだけ。
この違いは、とても大きい。
「社会の常識=正解」という刷り込み
多くの人は、無意識のうちに
こう刷り込まれています。
社会の常識=正解
そこから外れる=危険
だから、疑う前に従ってしまう。
立ち止まる前に、流れに乗ってしまう。
「みんながそうしているから」
「遅れると不安だから」
「失敗したら怖いから」
そうやって
自分の人生のハンドルを
知らないうちに外に預けてしまう。
疑うとは、否定することではない
でも、私は違う選択をするようになりました。
まず、疑ってみる。
そして、自分の軸で判断する。
この順番を、大切にしています。
ここで言う「疑う」とは
否定することではありません。
「これは、私の人生にとって本当に必要か?」
「今の私の時間やエネルギーを
使う価値があるか?」
そう問い直すこと。
恐怖や煽りを判断基準にしない
特に意識しているのは
社会の煽りや恐怖を
判断基準にしないということです。
遅れるよ
置いていかれるよ
今やらないと失敗するよ
こうした言葉は、一見もっともらしい。
でもその多くは
不安を刺激することで
行動を促すためのもの。
私はもう
そのエネルギーで動かないと決めました。
恐怖では動かない。
煽りでは選ばない。
静かな確信で決める。
この軸が、今の私の中ではっきりしています。
静かな確信で選ぶ力
それは感情的な反発ではなく
とても冷静で、理性的な選択。
感情に飲まれない知性
自分の感覚を信じる勇気
人生の主導権を自分で握る姿勢
この三つが揃って、
ようやくできる判断です。
声が大きい方を選ばない。
数が多い方にも流されない。
内側でいちばん静かに
いちばん深く
「これだ」と納得できる方を選ぶ。
これは
人を導く立場に立つ人が持つ
判断力だと感じています。
正しさを探す段階は、もう終わった
誰かに従うための判断ではなく
誰かを導くため
そして自分の人生に
責任を持つための判断。
もう、「正しさ」を探さなくていい。
誰かの答えを集めなくていい。
自分の軸で選んだものが
そのまま正しさになる段階に
私は入っています。
それは傲慢でも、独りよがりでもなく
これまで積み重ねてきた経験と
自分自身への信頼の結果。
人生が静かになるという変化
この在り方は、決して派手ではありません。
でも、ブレない。
揺れない。
無駄に消耗しない。
そして何より
人生がとても静かになります。
外側のノイズに振り回されず
内側の声を聞きながら
進めるようになるから。
この感覚を、手放さずに生きていく
私はこの感覚を
これからも大切に抱いていきたい。
恐怖で決めないこと。
煽りで選ばないこと。
静かな確信を信じること。
とてもいいところまで来ていると
自分でも感じています。
だからこそ
この感覚だけは手放さずに
これからの人生を歩いていきたい。
もしこのコラムを読んで
少しでも心が静かになったなら。
それはきっと、あなたの中にも
「自分の軸で選びたい」という感覚が
芽生えている証拠です。
その芽を、どうか大切に。
人生の主導権は
いつだって、あなたの手の中にあります。
