私が私を後回しにしていた、本当の理由

「忙しいから、仕方ない」「子どものためだから、家族のためだから当然だ」

自分を後回しにするとき、私たちはいつも、もっともらしい理由を持っています。でも、本当の理由はそこにあるのでしょうか。

私自身、長い間そのことに気づけませんでした。

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走り続けた、シングルマザーの日々

シングルマザーだった時期、私は生活のために働いていました。いわゆるライスワーク。生活を守るため、子どもを守るため、ただそれだけのために。私が倒れたら、この子は路頭に迷う。常に貧困と隣り合わせな感覚。

頭の中にあったのは、いつも同じ言葉でした。「シングルマザーだからといって、みすぼらしいと思われてはいけない。後ろ指をさされるような子どもにしてはいけない」ニュースで見るような状況には、絶対にしない。その一心で、責任を背負い続けていました。

知らないうちに、心が限界を超えていました。壊れるまで、気づかなかった。

今思えば、あの頃の私は、「自分には価値がない」という信念を深いところで抱えていたのだと思います。だから子どものために完璧でいようとした。だから誰かに頼ることができなかった。行政や親を頼ってはいても、それは形の上だけのことで、心で誰かに頼るのとは違う。だから自分の気持ちは、いつも一番最後でした。

再婚という選択肢の中で

そんな時期に、周囲から言われたのが「子どもが小さいうちに再婚した方がいい」というアドバイスでした。

婚活を始めました。アプリも使いましたし、お見合いもしました。釣り書まで書いた、今となっては懐かしい記憶です。

その過程で気づいたことがあります。再婚を考える人には4つのパターンがある。離婚で子どもなし、離婚で子どもあり、死別で子どもなし、死別で子どもあり。それぞれに、まったく異なる背景と価値観があります。

特に感じたのは、子どものいない方との間にある、微妙なすれ違いでした。子ども中心の時間の使い方、突然変わる予定、何よりも優先される母としての役割、それを心から理解してもらうことの難しさ。

恋愛に心が向きかけるたびに、罪悪感が生まれました。男性を優先したら、子どもがないがしろになるんじゃないか。心ここにあらずの母親になってしまうんじゃないか。自分が幸せを求めることへの、深い躊躇いがありました。

「水曜日おじさんでいい」

今の夫と出会ったのは、そんな時期でした。

16歳年下で、正直なところ、最初は恋愛対象として見ていませんでした。でも、彼の子どもへの関わり方を見ているうちに、何かが変わっていきました。

「母子が先にいて、そこに自分が仲間に入れればいい」。彼はそういうスタンスでいてくれました。子どもを中心に置くことを、当然のこととして受け入れてくれていた。

決定的だったのは、彼が子どもだけでなく、私自身にも興味を持ってくれていると気づいた瞬間でした。

私が万が一彼に興味がなかった場合、「水曜日おじさんでいい!」その言葉は印象的で、今も私の心に残っています。

母としてではなく、一人の人間として、私を見てくれている。その感覚が、長い間閉じていた何かを静かに少しずつ、でも確実にほぐしてくれました。自分を後回しにすることが「正しい」と思い込んでいた私に、「あなた自身も大切にしていい」と教えてくれたのは、言葉ではなく、彼の在り方でした。

後回しの奥にある、静かな信念

自分を後回しにする理由は、表面上はいくらでも見つかります。忙しい、子どもがいる、お金がない、時間がない。

でも多くの場合、その奥には「自分には、大切にされるだけの価値がない」という、静かな信念が潜んでいます。それは誰かに言われたわけでも、はっきりと意識しているわけでもない。気づかないうちに積み重なった経験の中で、いつの間にか当たり前になってしまった感覚です。

だからこそ、怖い。

自分を、一番前に連れてくる

私がコーチングやキャリア支援を通じて大切にしているのは、その「奥にある信念」に気づくことです。行動を変えるだけでは、何かが続かない。思考のパターンを変えるだけでも、どこかに無理が来る。本当に変わるのは、「自分には価値がある」という感覚が、じわりと腑に落ちた瞬間からです。

自分を後回しにしてきた女性ほど、その感覚を取り戻したときの変化は、大きい。

あなたが自分を大切にすることは、わがままではありません。それは、あなたの周りにいる人たちを、本当の意味で大切にするための、土台になるものです。

後回しにしてきた「自分」を、そろそろ、一番前に連れてきてあげませんか。

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