私はずっと、自分のことを我慢強い人間だと思っていました。
どんなに辛くても、不満があっても、「私が我慢すればいい」と思えることが、一種の誇りでさえありました。我慢できることは、強さの証だと。
でも、ある時気づいたのです。それは強さではなく、我慢することに慣れすぎていただけだった、と。
妹と二人で暮らした、あの頃のこと
25歳のとき、15歳の妹と二人暮らしを始めました。
転勤族だった我が家は、両親がフィリピンに赴任している間、妹は現地の学校に通っていました。帰国後、中学3年生として日本の義務教育に編入した妹は、英数国はなんとかなったものの、理科と社会の3年分を数ヶ月で学ぶことは難しかった。帰国子女枠で東京の高校への進学が可能になり、当時イギリスから帰国して東京で働き始めていた私が、妹の面倒を見ることになりました。
25歳の新入社員が、15歳の高校生の生活を丸ごと引き受ける。今振り返っても、なかなかハードな日々でした。
仕事を覚えることに必死で、帰宅は夜10時を過ぎることもざらでした。それでも家に帰れば、待っている妹のためにご飯を作り、掃除をして、洗濯をする。飲み会に誘われても、3日前には妹の夕飯の段取りをしてからでないと行けない。困った時は、15歳の妹を同伴で飲み会に参加したこともありました。
妹のお友達が家に集まり、にぎやかな声が響く中、私は台所に立っていました。親からの仕送りもあり、「文句は言えない」と自分に言い聞かせながら。
高校生の間はよかった。でも大学に入った頃から、「そろそろ自分のことは自分でやってほしい」という気持ちが、じわじわと芽生えてきました。洗濯物をたたむのが嫌で、取り込んだまま部屋に放置したこともありました。言葉にはしなかった。ただ、我慢していた。
そんな日々の中で、母が電話越しに「受験生を持つ親は大変よ」と語ることがありました。妹の大学受験、就職活動——その苦労を、母は傍で見ながら語っていた。
でも待って、と当時の私は心の中で思っていました。その受験を支えていたのは私じゃないの。就職活動の相談に乗って、自分の友人を紹介したのも私じゃないの。何言ってんの、と。
口には出しませんでした。ただ、そう思っていたのは事実です。
今となっては、母には母の見え方があり、妹には妹の経験がある。それぞれの立場で、それぞれの大変さがあったのだと思います。でも当時の私には、その余裕はなかった。我慢に慣れすぎていたから、自分がどれだけ限界に近かったかも、分からなかったのかもしれません。
「我慢する」ことと、強いことは違う
あの頃の私は、不満や疲れを「我慢する」ことで処理していました。言葉にすることも、誰かに頼ることも、してこなかった。
でもそれは、強さからではなかったと今は思います。「我慢するのが当たり前」という環境の中で、ただそれに慣れてしまっていた。慣れと強さは、似て非なるものです。
我慢に慣れた人は、自分が限界に近づいていることに気づきにくい。「このくらいは普通」「まだ大丈夫」と思いながら、少しずつ削られていく。心が壊れるまで、気づかないこともある。
あなたの「我慢」は、本当に必要なものですか
妹には妹の事情があり、言い分があります。15歳で見知らぬ土地に一人放り込まれた側の孤独も、きっとあったはずです。どちらが正しい、間違いということではない。それぞれの立場で、それぞれに必死だった。
だからこそ今、私が伝えたいのはこういうことです。
我慢することを美徳にしなくていい。
あなたの中に積み重なっている「これくらいは我慢しなきゃ」という感覚、一度立ち止まって見てほしいのです。それは本当に、あなたが選んだ強さですか?それとも、ただ慣れてしまっているだけですか?
慣れと強さを混同したまま走り続けると、どこかで必ず、足が止まります。
我慢をやめることは、弱さではありません。自分の限界を知り、助けを求め、手放すべきものを手放す。それが本当の強さだと、私は今そう思っています。
あなたの「我慢」は、本当に必要なものですか?
