チャレンジは、大人にこそ必要だ

「ねえ、なんで空は青いの?」「なんで雨が降るの?」「なんで、なんで?」

子どもの「なんで?」は、止まりません。大人が当たり前だと思っていることを、子どもは当たり前だと思わない。世界のすべてが不思議で、すべてが発見で、すべてが面白い。

その目で世界を見ていたのは、私たちも同じだったはずです。いつから「なんで?」と思わなくなったのでしょうか。

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子どもと大人の一番の違い

子どもと大人の一番の違いは何だろうと、考えることがあります。

体の大きさでも、経験の量でもない。私が一番大きいと感じるのは、「チャレンジすることへの感覚」の違いです。

子どもにとって、何をするにも全てが新しいチャレンジです。初めて逆上がりをする、初めて料理をする、初めて一人でお使いに行く。どれも「できるかどうか分からない」けれど、とにかくやってみる。失敗しても、また立ち上がってやってみる。チャレンジすることが、当たり前の感覚として体に染み込んでいる。

ところが大人になるにつれて、何かをしようとするとき、様々なものが頭をよぎるようになります。過去の失敗、周りの目、うまくいかなかった時のリスク、その後どうしよう、という不安。気づけば、チャレンジする前に考えすぎて、踏み出せないまま時間が過ぎていく。

子どもの頃は当たり前にできていたことが、大人になるにつれて難しくなっていく。不思議なことのように思えますが、これは多くの人が経験することではないでしょうか。

自転車に乗れるようになる瞬間

子どもが自転車に乗れるようになる瞬間を、見たことがありますか。

最初は補助輪があって、それが外れて、何度も転んで、それでもまた乗ろうとする。転んで膝を擦りむいても、泣きながらまたまたがる。「痛い」より「乗りたい」が勝っているから。

大人だったら、どうでしょう。転んで恥ずかしい思いをしたら、「自分には向いていないのかも」「もう少し準備してから」と考え始めてしまうかもしれない。でも子どもは考えない。ただ、乗れるようになりたいから、また立ち上がる。

その純粋さの中に、チャレンジの本質があります。うまくいかなくても、またやる。それだけのことが、子どもを驚くほど早く成長させていく。

それは大人も、同じではないでしょうか。

「やってみたい」が先か、「どうしよう」が先か

大人になると、「できなかったらどうしよう」という気持ちが先に立ちます。でもよく考えてみると、子どもの頃も同じように怖かったはずです。初めて自転車に乗る前も、転んだら痛いと分かっていた。それでもやってみた。

違うのは、子どもはその怖さよりも「やってみたい」という気持ちの方が大きかったということ。大人になるにつれて、いつのまにか「やってみたい」より「どうしよう」が先に来るようになってしまう。

その順番が、逆転してしまっているのかもしれません。

子どもの頃の自分を思い出す

私自身、起業してからもそういう瞬間は何度もありました。新しいサービスを始めるとき、初めてのクライアントと向き合うとき、これまでやったことのない挑戦をするとき。うまくいかなかったらどうしよう、という気持ちは、今もゼロではありません。

でもそのたびに思い出すようにしていることがあります。子どもの頃の自分は、怖くても、とにかくやってみていた。失敗したら、また立ち上がっていた。その感覚を、大人になった今も持ち続けていたい。

チャレンジすることが当たり前だった、あの頃の感覚を。

大人こそ、子ども心を忘れずに

大人こそ、子ども心を忘れずにいてほしいと思います。

経験を積むことは大切です。でも経験が増えるにつれて、「できない理由」も増えていく。知識があるからこそ、リスクが見えすぎてしまう。それは決して悪いことではないけれど、時にその知識が、一歩を踏み出す足を重くすることがあります。

子どもと同じ目線で、新しいことにチャレンジしていく。失敗しても、またやってみる。できたとき、心の底から「できたよ」と思える。そんな姿勢を持ち続けることが、大人の人生をもっと豊かにしていくと、私は信じています。

あなたが今、「どうしようかな」と迷っていることはありますか?

それはもしかしたら、子どもだった頃のあなたなら、迷わずやってみていたことかもしれません。

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