“ねばならない”を手放した日

コラム
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自分を見失った10代

10代の頃、私はずっと「自分が誰なのか」わからないまま過ごしていました。
良い子のりず、頭が良くて当たり前、可愛くて当たり前――
そんな“決められたレール”の上を歩いてきたのです。

10代の頃、私はずっと「自分が誰なのか」
わからないまま過ごしていました。
良い子のりず、頭が良くて当たり前
可愛くて当たり前――
そんな“決められたレール”の上を
歩いてきたのです。

そのレールから外れたのは、大学入試に失敗したとき。
初めて「期待どおりの私」ではなくなり
自分が誰なのか、何のために生きているのか
とことん分からなくなりました。

そのレールから外れたのは
大学入試に失敗したとき。
初めて「期待どおりの私」ではなくなり
自分が誰なのか
何のために生きているのか
とことん分からなくなりました。

イギリスでの6年間と気づき

そんな私が、多感な年齢の6年間をイギリスで過ごすことになります。
その時間は、私を「〇〇の家のりず」という肩書きから遠ざけ
ただの“りず”として生きる経験をくれました。

そんな私が、多感な年齢の6年間を
イギリスで過ごすことになります。
その時間は、私を「〇〇の家のりず」
という肩書きから遠ざけ
ただの“りず”として生きる経験をくれました。

肩書きや役割を脱ぎ捨てた私に残ったのは
「わたしって何?」というシンプルで、でも深くて答えの出ない問い。
それを抱えながらも、異国の空気の中で過ごした日々は
自由で、そして少し心細いものでした。

肩書きや役割を脱ぎ捨てた
私に残ったのは
「わたしって何?」というシンプルで
でも深くて答えの出ない問い。
それを抱えながらも
異国の空気の中で過ごした日々は、
自由で、そして少し心細いものでした。

そんな中、日本人としての誹謗中傷を通り越し
「アジア人」としてひとくくりに扱われる経験をしました。
それは過去に日本で受けた学生時代のいじめなど
比べものにならないほど大きく、重い壁でした。

そんな中
日本人としての誹謗中傷を通り越し
「アジア人」として
ひとくくりに扱われる経験をしました。
それは過去に日本で受けた学生時代のいじめなど
比べものにならないほど大きく、重い壁でした。

その壁は私を大きく成長させ
同時に「私は日本人である」というアイデンティティを深く刻みました。
見られ方や周囲の価値観に合わせるだけではなく
自分の中にある“根っこ”を大切にしていいのだと
肌で感じた瞬間でもありました。

その壁は私を大きく成長させ
同時に「私は日本人である」という
アイデンティティを深く刻みました。
見られ方や周囲の価値観に合わせるだけではなく
自分の中にある“根っこ”を大切にしていいのだと
肌で感じた瞬間でもありました。

帰国後に感じた“中途半端さ”

25歳で日本に帰国したとき
そんな感覚を持ったまま、日本の暮らしに馴染もうとしました。
でも長く海外で過ごした影響で、どこか異国人のような距離感が抜けず
場に合わせる自分と、海外で育った自分との間で揺れていました。

25歳で日本に帰国したとき
そんな感覚を持ったまま
日本の暮らしに馴染もうとしました。
でも長く海外で過ごした影響で
どこか異国人のような距離感が抜けず
場に合わせる自分と
海外で育った自分との間で揺れていました。

「もっと日本人らしくしなければ」
「常識に合わせDなければ」
そう思う一方で、海外で培った価値観も大事にしたい――
でもその両方を抱えている自分は
何もかも中途半端に感じられていました。

「もっと日本人らしくしなければ」
「常識に合わせDなければ」
そう思う一方で
海外で培った価値観も大事にしたい――
でもその両方を抱えている自分は
何もかも中途半端に感じられていました。

“ねばならない”を手放す選択

そんなある日、ふと気づいたんです。
“ねばならない”を抱えたままでは、どこにいても窮屈だということに。

そんなある日、ふと気づいたんです。
“ねばならない”を抱えたままでは
どこにいても窮屈だということに。

そこで私は、まず一つだけルールを外してみました。
「日本での常識」に無理やり合わせることをやめ
海外での暮らしで心地よかった習慣を、日常に少しだけ取り戻してみたのです。

そこで私は、まず一つだけ
ルールを外してみました。
「日本での常識」に
無理やり合わせることをやめ
海外での暮らしで心地よかった習慣を
日常に少しだけ取り戻してみたのです。

雨が降っているからといって、傘をささなくてもいい。
想いに詰まったら、英語で話してもいいこと。

雨が降っているからといって
傘をささなくてもいい。
想いに詰まったら、英語で話してもいいこと。

それは小さなことでしたが、不思議と心が軽くなり
「私のままでいい」と思える時間が増えていきました。

それは小さなことでしたが
不思議と心が軽くなり、
「私のままでいい」
と思える時間が増えていきました。

あなたらしさを取り戻すために

“ねばならない”は、自分を守る鎧にもなりますが
増えすぎると、自分らしさを覆い隠してしまいます。

“ねばならない”は
自分を守る鎧にもなりますが
増えすぎると
自分らしさを覆い隠してしまいます。

もし今のあなたが、息苦しさやモヤモヤを感じているなら
今日ひとつだけ、手放してみませんか?
そこから、あなたらしさが少しずつ顔を出し始めます。

もし今のあなたが
息苦しさやモヤモヤを感じているなら
今日ひとつだけ、手放してみませんか?
そこから、あなたらしさが
少しずつ顔を出し始めます。

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